2007年4月18日水曜日

「煙」と「感情」の交差点

今日とある「???の夜明け」で外食産業の特集番組をやっていた。
久々に早く帰れたから見れた。

番組の中では、外食コンサルタントなる人が、閑古鳥が鳴いている店を建て直すべく、
韓国で流行している「焼肉」のネタを閉店間際の店のオーナーに勧めていた。
要は、アジアのもので日本に無いものを日本に持ち込んで流行らせているというわけだ。

そのお肉は、相当おいしいようだがそれだけで流行るかなあと思って、他の要因を探しながら
番組を見ていたら、一個気がついた。

それは、「煙」!!

焼肉屋といえば、誰もが食べた後、服や髪についた臭いを気にする。
ましてや女の子ならなおさらだ。

そのお店は、排煙装置によって、「煙」を気にしないでいいようになっていた。

「煙」が起きなければ、多少の臭いがあったとしても、嫌な思いはしないと考える。
まず煙がおきることにより視覚が働き、次にその臭いがついたら嫌だなという思考回路が動くのではないかと仮定できる気がその番組をみていて、したからだ。

まあ間違っている可能性もあるが、
たとえば、排煙により、視覚的な臭いを除去し、会計のときに、ミントのガムを渡すことにより
口臭をケアしつつ、嗅覚を麻痺させることができれば、後に残るのは「焼肉」がおいしかったという
体験だけをお客様に記憶させることができるのではないだろうか。
(店員の態度やお肉の値段は考慮していない。)

家に帰宅したとき、まず臭いがいやだなあと思うより、今日の焼き肉おいしかった!!
ゆっくりシャワー浴びようと思うのではないだろうか。


もし、この感情のプロセスが正しければ、これを利用して、ビジネスチャンスを起こせる
気がするな。

bootcamp training

深夜の通販番組で繰り広げられる謎の黒人率いる筋トレ軍団のCMを知っているだろうか。
そう、タイトルに書いてある商品がそれ。
最初そのCMを見たときは、ただ下手なお笑い番組見るよりも面白いと思ってた。
だが、繰り返されるCM(フリークエンシー)の多さに影響されたのか、よく見るうちに効果が出そうなことに気がついたのか・・・「欲しい!」という想いが心の隅っこに生えてきた。
そして、ひょんなタイミングで兄が購入したとの連絡があり、ひょんな偶然もかさなり、売ってもらうことになった。

今日は、初日のメニューをこなした。
結論からいうと、痩せないわけがない。
きちんと集中して、逃げずにやれば必ず痩せると思う。
痩せないやつは、根性なしでただビデオの指示に従ってない証拠だと思った。
なぜならば、いかんせん社会人になり、弱まっているせいでもあると思うんだが、
今の俺にとっては、高校時代とかセミプロ時代のしごきと同じくらいきついんだもん。

汗だく、腹筋わらいまくり。

いやはや、6個に割れた腹筋目指して頑張ります。

2007年4月15日日曜日

「死後生殖」禁止決定 学会倫理規定|健康|生活・健康|Sankei WEB

なんとも悲劇なニュースである。

「死後生殖」禁止決定 学会倫理規定|健康|生活・健康|Sankei WEB

学会で死後生殖が禁止された。
なぜなのだろうか。
確かに法律上、死んだ人との間に親子関係は認められない。
また、親子関係が認められない以上福祉等にも問題が無きにしもあらずである。

ただ例えば最愛の夫を交通事故で亡くした人が、愛する人の子供を生涯かけてでも育てたいと
思うような場合にその人の希望を奪う必要はないのではないだろうか。

死後の親子関係を認めていないのは、判例で既に基本ケースとされている。
つまり、死後に子供を出産したところで遺産相続等の家族法上の問題は起きない。

夫がいない子供という事態が発生するだけである。

死んだ人の精子を使うことは、本人の同意に則っていないなどという必要があるのだろうか。
突然死のときをリスクヘッジして、遺書として精子の使用を認めていた場合はどうなのか。

この禁止決定はいかんせん理解がしがたい。

何も禁止する必要などどこにもないのではないだろうか。

神の意思に反するというのが理由だとすれば、クローン技術を用いて、羊のドリーを量産したときから
既に神の意思に人間は背いている。

人間だからしてはいけない?
人間にしなければ、いい?

「万物はみな平等である」ということを前提にすれば、人間のクローンを創らずとも既に神にそむいているはずだ。


誰も損をするわけではない。
愛した人の子供を産みたいという妻の意思がそこにあるだけだ。
あとは、周りにいる我々が寛容になってあげれば、何も禁止などする必要もない。

この記事を読んで素直にそう思った。

The Mind Map

最近、脳みそをできることなら100%使いたいなあと思い、いろんな思考法の本を読んでいる。
過去に読んだ本を読み返したり、新しい本を買ってみたりして、いろいろと自分に合う方法を
模索している。

そんなこんなで、手を出した一冊の本「the mind map book」
この思考法は、おもしろいし、自分は「絵が苦手」という意識を人より強く持っていた(義務教育のせい)が、そんなコンプレックスも打ち破ってくれた。

まだ半分だけど、これって自分にあってるかもなあって思えてきた。

最近自分の脳みそは、言語をそのままにして覚えるよりも
言語をイメージ化した方が覚えやすいなあということを自覚している。

名前を覚えるよりも、お店の雰囲気だったら、人の顔だったり、周囲の景色だったりというイメージの方が残りやすい。

言葉だと、復習しないと覚えないんだよね。

さて、これでアイディア出ししつつ、脳みそを活性化させていこう。

身につけるものは、数多いですしね。

2007年4月11日水曜日

コインの裏と表のように

アメリカの金融制裁解除がようやく実行され、北朝鮮の資金源が回復した。
これにて、1次交渉の条件がそろい、あとは北朝鮮が約束を履行することだけが問題のように見られている。この記事は、新聞やニュースでかなり取り上げられている。

それに対して、アメリカがエクアドルに対しての北朝鮮による武器輸出を黙認していたという記事は10分の1にも満たない報道量だと思う。

どちらも大事なことであるが、後者のニュースには、アメリカの「ご都合主義」がうまく映し出されていたように思う。信憑性が低く、可能性に過ぎないから現段階の記事では小さいサイズだったのかもしれないが、仮に真実だとすれば、こんなに自分勝手な国は無いだろう。

アメリカは、よく子供の頃にいた理不尽のかたまりの「お山の大将」と変わらないのかもしれないと思わされた。

ただこの金融制裁解除といい、エクアドルへの武器輸出黙認といい、両方ともに
北朝鮮に対してメリットのあることを提供しているだけだ。

アメリカのメリットとは何か。
我思うに、「仮想敵国」として、北朝鮮を残しておくことがアメリカの切り札である「戦争」というカードを使うのに効率が良いことではないだろうかと考える。

というのは、過去の歴史を紐解いてみても、アメリカの経済情勢が悪くなったときに、最後の切り札として機能してきた背景からの推察である。

アメリカはいつまで「戦争」というジョーカーを捨てずにいるのか。
大いに関心が集まるところである。

願わくば、「戦争」の代わりに「環境」というカードを積極的に使うようになってほしいものだ。

2007年4月3日火曜日

feedback

勢いがあるプレゼンであったこと
~の方という言葉使いが気になったとのこと

質問の時間があったらよかったこと
答えをリピートしてあげること
acknowlege?してあげること


硬軟織り交ぜて、育ててあげること
ほめる時は、ほめ。叱るときはしかること

そして、理由を説明してあげること

2007年4月1日日曜日

宴もたけなわ??

宴もたけなわっていうけど、どういう意味なんだろうなあと
思っていたので、聞いてみた。
そしたら誰もかれも「知らないな。自分で調べろ」だって。

おいおい!苦笑

てのは、置いておいて!!

んなこというから調べてみました。

宴(うたげ)なかばが縮まって、たけなわになった。つまり、最高に盛り上がっているとき、ここからは下降線というニュアンスも。(抜粋:たけなわってどういう意味)

ってことらしい。

てことは、盛り下がって、そろそろ「お暇しましょうってときには使えないってことじゃん!!」

正確に日本語を使うってのはやはり難しいものだね!!

一個またひとつ勉強になりました。

春の訪れ

蝶が飛び、桜は花を開き、若葉をほんの少し覗かせる。
暖かいやさしい風の音をそこに付け加えれば、春のにおいが醸し出される。

春になると、日本の文化では「出会い」と「別れ」が訪れる。
そして、新しいフィールドでまた次の人生が始まっていくかのように
考える。

はたして、そうだろうか?
連綿と続く時間の中、年齢と年功という概念が無い中で、
同じフィールドにいるのであれば、何も新しいことではない。
ただ時が連綿と続いていくだけである。

昨夜、この1年間を振りかえる会があった。
その中で、とあるひとが、
「3年目になったら楽になる。なぜなら、スキルがあがり、下が入ってきて仕事をふれるから。」といっていた。

その考え事態は、悪いことではないと思う。
また、それが今の周囲の現状では当たり前と化している。
だれもそこに対して疑問を持っていない。

ただ、俺は思う。
人に振るのは、仕事のスキルが上がっているのではない。
ただ任せているだけである。
仕事をこなせる量があがったわけでもない。
想像力と創造力があがり、ビジネスを作り出せるようになったわけでもない。
ただ円滑に楽をして、業務をこなせるようになっただけのこと。
ただ年を重ねただけのことである!!

それは、スキルアップとは言わない。

この一年間、無駄に頭を使わされてきた時が非常に多かった。
ただ、それは「今の自分」にはプラスに働いている。

なぜなら、その非効率なことを俺は後輩に教えなくてすむからだ。
頭を使うべきところで使い、頭を使わなくて良いところでは使わない。
そういう風に教えていきたいし、成長をさせたい。
PDCAのサイクルをうまくまわせるようにさせたい。
また、「俺が放置された時間」は、俺をタフにした。
ただ、これからは心にしまいこんだ「するどさ」を少しずつ戻していく。
正論は時に刃となり、相手に襲い掛かる。
使いかたが重要だ。
ただ、これ以上相手のペースにのり、相手の気持ちを考え、
言うことを抑えていたのでは、分かっていることをやれなくなるに過ぎない。

おおいに喧嘩してもいいのではないかと思う。
生意気でかまわないと思う。
夢を持ち、夢をかたり、夢のために生きる俺は、
まさしく夢の奴隷である。

ただ、それを見失い、努力を怠れば俺の目は死んだ魚の目になりかねない。
そのためには、周りの環境に流されないように自分を保ち続けることが大事である。

自分で仕事を考えて、、まねるしかできないはずの状態を作り出されたシーン。
ただ、その中で自分なりに付加価値をつけようとしたり、変化をさせようとしたりして
壁にぶつかりまくっていった。

まだできていない部分が多い。
ただ俺は、教わるよりも自分で学ぶしかない。
神様が用意してくれた壁は高い。
だが、努力は決して裏切らない。
また、絶対に努力していない人間なんぞには負けない。

分からなかったときは、終わり
次のときが始まる。
さあ宴の時が、桜とともに始まる。
フィールドをかけまわろう。