2008年1月3日木曜日

観客

昨年の12月29日、同窓会にて。
友は言った。

「最近、研究者とお笑い芸人って同じだと思うんだよね。」

「なんで?」

「研究もお笑いもオリジナルなアイディアでなおかつ一発勝負なんだよ。
ただ観客か教授かの違いだけ。教授にうけなかったら、研究にできないしね。」

「なるほど~。確かにそれは言えるかもね。」

こんなたわいもない会話。

俺は、お笑いがあまり好きでない。
何が面白いのか、あまりよくわからないからだ。
芸人が出てくる。芸を始める。その先を読む。
期待が裏切られることはあまりない。

よく考え込まれた展開が計算されている漫才や日常の断片を切り抜いたものまね、開き直ってわけが解からない芸は面白いと思う。

ただ体を張る芸やリズミカルな言葉に逃げる芸は面白いとは思わない。
巷では、そのリズムが流行るが・・・

話が逸れたが・・・

こんなたわいもない会話をしていて、自分の観客ってだれなんだろうと、ふと考えた。
部署がら社内の人間、社員だろうか、役員だろうか。
それとも、その先にいる生活者だろうか。視座をどちらにおくかで視点が変わってくる。

相手の立場に立つことがサービス業ゆえに大事といわれる。
そんなものは実際のところわかっている。
ただ、うまくいっていない理由はその先なのだ。
ただYESというだけのスタイルなら誰でもできるのだ。
自分がそこにいる理由にはならない。
会社の歯車である。「えらいね。よくやるね。」と言われりゃ言うが、
そんなものは他のやつでも替えがきくのである。

だから、替えがきかないところを目指している。
プロとは、観客がいてこそである。
期待しているものをより高度な形、高度な技術で創造もしないものを
平然と出すのがプロである。

だから金をもらうのである。

この一年、答えは出るだろうか。
その前に、プロになろう。
まだ生活体系がアマチュアだ。

すべてにおいて、理由を求めよう。

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