実家に帰りますという台詞に違和感を覚えた?
両親が住んでいるところが実の家なのだろうか?
成人になり、会社から寮を与えられて住んでいたとしても
居住の中心はすべてその会社から近い家にある。
それを考えるならば、実家は現在の居住地ではないだろうか。
では、「実家」といわれているものをなんと表現すればよいのか、
親の住まい?
両親宅?
親家?
元家?
元居住地?
育家?
まあ捉え方の問題ですな。
育った家?両親に育てられた家?
親宅?
なんか実家という響きに比べて、感謝がある感じがしないな。
以上
言葉遊びでした。
2007年12月30日日曜日
The Campaign for Little Britain in the Big Apple
NYでこのほど行われるこのキャンペーン
↓
The Campaign for Little Britain in the Big Apple
Britishの方々の愛国心を「人種のるつぼ」の中で発揮するべく行われている
キャンペーンのように感じる。
リトルチャイナ、リトルイタリーとかはあるが、今までリトルブリテンもなかった。
じゃあ日本人はどうだろうか?
最近の兆候として、日本文化が注目されている。
和食、日本酒、アニメ、コスプレといった文化が海外で注目をあつめ、もう「ちょんまげ」「サムライ」
といわれるより、こういったものの話をされるほうが多いことだろう。
そこまできているが、リトルジャパンなんてものは存在しない。
チャイナタウンがあってもジャパニーズタウンは少ししか存在しない。
これを日本人の「奥ゆかしさ」とみることもできると思うが、ワールドスタンダートなとこから
言えば、「沈黙は金」ではなく、「沈黙は存在しないこと」と同義である。
日本も世界へ、同じようにキャンペーンを展開しても良いころあいが来ていると私は思う。
↓
The Campaign for Little Britain in the Big Apple
Britishの方々の愛国心を「人種のるつぼ」の中で発揮するべく行われている
キャンペーンのように感じる。
リトルチャイナ、リトルイタリーとかはあるが、今までリトルブリテンもなかった。
じゃあ日本人はどうだろうか?
最近の兆候として、日本文化が注目されている。
和食、日本酒、アニメ、コスプレといった文化が海外で注目をあつめ、もう「ちょんまげ」「サムライ」
といわれるより、こういったものの話をされるほうが多いことだろう。
そこまできているが、リトルジャパンなんてものは存在しない。
チャイナタウンがあってもジャパニーズタウンは少ししか存在しない。
これを日本人の「奥ゆかしさ」とみることもできると思うが、ワールドスタンダートなとこから
言えば、「沈黙は金」ではなく、「沈黙は存在しないこと」と同義である。
日本も世界へ、同じようにキャンペーンを展開しても良いころあいが来ていると私は思う。
2007年12月20日木曜日
やっとこ
ようやく企画書がまた1つ通り、実行フェーズへと移行した。
嬉しい限りである。そして、また1つ階段を上れた気がする。
頭にあるイメージがどんどん具現化されていく。
現実に形になるのは面白い。
一歩一歩階段を着実に上がっていると思う。
地道だし、ストレスがかなりかかっている気がするが、楽しいから良い。
この程度でいいかと思って仕事をしているやつになんぞ、負けるわけがない。
そこは余裕。
ただその先の人たちを抜くためには、もっとストイックに。かつ、もっと他人の気持ちを
理解できるようにならねば。
他人に大切にされている。だから、期待を良い意味で裏切れるようになりたい。
期待の範囲より2歩3歩先へ。
きつければきついほど、成長は加速する。
さあもう一歩踏み込もう。
嬉しい限りである。そして、また1つ階段を上れた気がする。
頭にあるイメージがどんどん具現化されていく。
現実に形になるのは面白い。
一歩一歩階段を着実に上がっていると思う。
地道だし、ストレスがかなりかかっている気がするが、楽しいから良い。
この程度でいいかと思って仕事をしているやつになんぞ、負けるわけがない。
そこは余裕。
ただその先の人たちを抜くためには、もっとストイックに。かつ、もっと他人の気持ちを
理解できるようにならねば。
他人に大切にされている。だから、期待を良い意味で裏切れるようになりたい。
期待の範囲より2歩3歩先へ。
きつければきついほど、成長は加速する。
さあもう一歩踏み込もう。
2007年12月18日火曜日
2007年12月9日日曜日
悩むなあ
なんとも贅沢な悩みな気がする。
仕事をしていて、結構任せてもらえるようになってきた。
まあ細かいとこのミスが多いのは、なかなか直らないから困っているんだが、
ここは、チェックする前に、チェック項目を洗い出しすることで乗り切ることにしよう。
さて、話を戻して、
なんだかんだでアイディアが、結構かたちになっている。
うれしい限りである。
そのせいなのか、最近、「自己成長」と「空虚感」の間で、ふわふわしている。
自己成長のために、自分のためにがんばっている。
だからか、どこまでやっても、何かを成し遂げても、満足感はなく、達成感がない。
もっとできる。もっとキャパを広げたい。もっと、もっと、もっと。
課題が一つクリアできたら、また次の課題へ。そして、それができたらまた次へ。
どこまでやってもそれは続いていく。
なんだろう。つまらないかというとそんなことはない。
すごい楽しい。
難しい課題を乗り越えるたびに嬉しいし、楽しい。
こうやってみよう。今日はどういうコミュニケーションのスタイルをとって、
何を決めるのか。ゴールをどこに設定するか。
仕事をしていることが何よりも楽しい。
かたちになることが楽しい。なのに、空虚感がとれない。
なんか満たされないなあ。満たされるためには、どうしたらよいのだろうか。
なんか満足感を少しは味わいたいなあ。
仕事をしていて、結構任せてもらえるようになってきた。
まあ細かいとこのミスが多いのは、なかなか直らないから困っているんだが、
ここは、チェックする前に、チェック項目を洗い出しすることで乗り切ることにしよう。
さて、話を戻して、
なんだかんだでアイディアが、結構かたちになっている。
うれしい限りである。
そのせいなのか、最近、「自己成長」と「空虚感」の間で、ふわふわしている。
自己成長のために、自分のためにがんばっている。
だからか、どこまでやっても、何かを成し遂げても、満足感はなく、達成感がない。
もっとできる。もっとキャパを広げたい。もっと、もっと、もっと。
課題が一つクリアできたら、また次の課題へ。そして、それができたらまた次へ。
どこまでやってもそれは続いていく。
なんだろう。つまらないかというとそんなことはない。
すごい楽しい。
難しい課題を乗り越えるたびに嬉しいし、楽しい。
こうやってみよう。今日はどういうコミュニケーションのスタイルをとって、
何を決めるのか。ゴールをどこに設定するか。
仕事をしていることが何よりも楽しい。
かたちになることが楽しい。なのに、空虚感がとれない。
なんか満たされないなあ。満たされるためには、どうしたらよいのだろうか。
なんか満足感を少しは味わいたいなあ。
2007年12月2日日曜日
距離
無理という言葉は嫌いである。
何かを成し遂げるためには努力が必要。でも、努力をすれば成し遂げられないことはないと思うから。
もし仮に、その時点で成し遂げれられなくても、それはそこまでの努力が足りないだけだと思うから。
巷では、同年代の友人たちが徐々に生涯のパートナーを見つけ、結婚をし始めた。
すばらしいことである。
まあそのような状況のわけだから、当然飲み会に行けば、そういった話がでてくる。
彼女は?いくつくらいで結婚したい?などなど
↓
そして、そのあとの大体多くの反応。
ああ、彼氏or彼女がほしい!コンパの場をつくって!
まあ普通の反応である。
しかし、今の自分は同じように反応できない。
彼女などいなくていい。
付き合いたくないわけではないが、「彼女」という存在を求めるわけではない。
どういう女性が好みかと聞かれれば、理想論をならべる。
だが、いまやそんな自分の理想像にあうかあわないかなどどうでもいい。
意外とこの2年ちょっとの間で負った心の傷は深いものがあったらしいということに
最近気がついた。
その分、自分も傷つけているんだろうなと思うから自業自得なんどろうけど。
まともに向きあえん。
相手をみようとすれば、自分もさらけ出すことになる。
弱い部分をさらけ出すことになる。
前はもっとそうやって行動できた。
でも今はできない。
自分は弱い。普段他人に弱みを見せないので、見せた相手にはいりこんでしまう。
昔から、いつも孤独を感じていたからかもしれない。
それがわかっているから、恐れている。
そして、
誰かを必要とすることを恐れている。
また、誰かに必要とされることを恐れている。
こりごりだからだろうな。
これが、ここんとこ飲み方がおかしいから探していた本当の、ストレスの原因だろうな。
何かを成し遂げるためには努力が必要。でも、努力をすれば成し遂げられないことはないと思うから。
もし仮に、その時点で成し遂げれられなくても、それはそこまでの努力が足りないだけだと思うから。
巷では、同年代の友人たちが徐々に生涯のパートナーを見つけ、結婚をし始めた。
すばらしいことである。
まあそのような状況のわけだから、当然飲み会に行けば、そういった話がでてくる。
彼女は?いくつくらいで結婚したい?などなど
↓
そして、そのあとの大体多くの反応。
ああ、彼氏or彼女がほしい!コンパの場をつくって!
まあ普通の反応である。
しかし、今の自分は同じように反応できない。
彼女などいなくていい。
付き合いたくないわけではないが、「彼女」という存在を求めるわけではない。
どういう女性が好みかと聞かれれば、理想論をならべる。
だが、いまやそんな自分の理想像にあうかあわないかなどどうでもいい。
意外とこの2年ちょっとの間で負った心の傷は深いものがあったらしいということに
最近気がついた。
その分、自分も傷つけているんだろうなと思うから自業自得なんどろうけど。
まともに向きあえん。
相手をみようとすれば、自分もさらけ出すことになる。
弱い部分をさらけ出すことになる。
前はもっとそうやって行動できた。
でも今はできない。
自分は弱い。普段他人に弱みを見せないので、見せた相手にはいりこんでしまう。
昔から、いつも孤独を感じていたからかもしれない。
それがわかっているから、恐れている。
そして、
誰かを必要とすることを恐れている。
また、誰かに必要とされることを恐れている。
こりごりだからだろうな。
これが、ここんとこ飲み方がおかしいから探していた本当の、ストレスの原因だろうな。
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