結構言えてる事だと思う。
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【5月24日の必読記事】宋文洲:「謙虚」を説く人の「不謙虚」 - nikkei
自分のことを謙虚だという人に謙虚な人はいない。
一般的に世間で言われていることとしては、そのきらいが高いと思う。
しかし、疑問を挟む余地がりそうなので挟んでみる。
そもそも「謙虚」とはなんだろうか?
大辞泉によれば、
謙虚=「控えめで、つつましいこと。へりくだって、素直に相手の意見などを受け入れること。また、その様。」
この定義を普段の生活の中に、100%当てはめてみる。
極論をいうと、なんとも自分の意見を持たず、「己」が無い人のように聞こえる。
謙虚になることは、果たして必要なのであろうか。
日常会話の場であれ、ビジネスの場(交渉時や会議の際)であれ、反対意見に出会う。
「謙虚」である必要があるのだろうか。
人から教えを請うとき、自分は「素直」かつ相手を「尊敬」して、話を伺うべきだと思う。
ただ、謙虚である必要は無いのではないだろうか。
「素直」であることと「謙虚」であることは文字のごとく違う。
「素直」は、「うそ・いつわり」が無いが、謙虚には「うそ、偽り」が含まれている。
「うそ、偽り」が含まれている態度より、「素直」な態度の方がよほど人間らしいと思うし、
話しがいがある気がする。
ただ誤解を招きそうなので、断りを入れれば、
誰も「傲慢」な態度や「不遜」な態度をとることを推奨しているのではない。
相手に敬意を払うこと。そして、その上で自分は素直でいること。
それが、相手に教えを請うときには重要だと思っているというだけである。
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